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ほどける
人は知らず知らずのうちに、 「こうあるべき」という考えを 持ちながら生きています。 もっと頑張らなければ。 失敗してはいけない。 上手でなければいけない。 こういうものなのだ、と。 その考えは、 自分を支えてくれることもあります。 けれど、ときには自分自身を縛る結び目になってしまうこともあります。 ある日、誰かの何気ない一言に心を動かされたり、一冊の本や一つの作品に出会ったりして、 それまで当たり前だと思っていたことが、ふと違って見えることがあります。 無理に考えを変えようとした わけではありません。 何かが、静かにほどけたのです。 書も少し似ています。 力を入れて書こうとすると、 線はかえって硬くなります。 思い通りに書こうとするほど、 筆は自由を失ってしまいます。 ところが、余計な力が抜けたとき、不思議なくらい自然な線が生まれることがあります。 人生もまた、 そうなのかもしれません。 何かを新しく足すことで変わるのではなく、握りしめていた手が少しゆるむことで、見える景色が変わることがあります。 禅には、「放てば手に満てり」 という言葉がありま
7月26日読了時間: 2分


おもいとかたち
おもいは目に見えません。 けれど、そのおもいは言葉や行動となり、やがて「かたち」として現れます。書道も同じです。 筆の持ち方や姿勢 字の形には技術があります。 もちろん、それは大切なことです。 けれど私は、それだけではないように思っています。 慌ただしい気持ちで書けば、 その落ち着きのなさが線に表れます。 丁寧に向き合えば、 その丁寧さが字に表れます。 不思議なことに、心の中にあるものは、隠しているつもりでも少しずつ形になって現れてくるようです。 だから私は、字の形だけを整えるのではなく、 その根底にあるおもいも大切にしたいと考えています。 そして、それは書道だけの話ではないのかもしれません。 優しさや思いやりも、 目に見えるものではありません。 けれど、何気ない一言に救われたり、そっと差し伸べられた手に励まされたりした経験は、多くの人にあるのではないでしょうか。 その時、私たちが触れているのは言葉や行いですが、その奥には確かに誰かのおもいがあります。 おもいは、そのままでは見えません。 だからこそ言葉となり、行いとなり、少しずつ形を持ちながら
7月12日読了時間: 2分
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